三代目平兵衞から六代目平兵衞まで
こんにちは。
砂糖商「駒屋」第十代 平兵衞です。
三代目平兵衞から砂糖を取り扱い始め、六代平兵衞までの間はずっと砂糖問屋として営んできました。
それは、長きに渡り続いた「江戸」「明治」という時代を超えてのことです。
この間についての文献があまり残されていません。安定した駒屋だったからなのか、激動すぎて記録をできなかったのか、書くのが嫌いだったのか・・・。
しかし、自社以外の文献を見ると、多くの寄付をしていたり長者番付に載っていたりという記録があります。
そのことから察するに、発展の一途を遂げていたのではないかと想像しています。
私達「駒屋」が次の七代目より大きく変化していきます。
そのために、ここまでの砂糖のあり方と現代の砂糖のあり方などについて触れておきたいと思います。
変わりゆく時代と、変わらない砂糖
大政奉還、東京遷都、西南戦争、日清戦争、日露戦争、さまざまな事柄が起こりました。人と人との争いや政治的な外部環境の変化によって、産業の発達や日常生活の変化など、時代とともに世界中にさまざまな変化が同時に起こってきました。
その変化の中でも、人間として変わらないことは「食べなければ生きていけない」ということです。
砂糖というものは、身体にとってはガソリンのようなもの。
砂糖の必要性が、駒屋の長きにわたる存続であったのかもしれません。
今とは違う、当時の食生活
現代とは異なり、昔はほとんどの食生活は自炊で行っていた家庭がほとんどです。そのため、調味料や食材などは常に家庭にそろっていたものです。
平和な時代が長く続き、食べることに対してより美味しい物を欲する、または選べるようになったからではないでしょうか。様々な種類の食べ物が現れ、今ではそれが飽和状態のために変化に富んだ物がSNSで人気となるようになっていると感じます。
食に苦労しなくなったことが、本来の「食べる=生きる」ことから「食べる=楽しむ」に変化したのでしょう。良いことの反面、これによる影響も身体には出てくるようになってきます。
現代の食生活での砂糖
昔は、食べる物、食べる順番、食べあわせる物、など非常によく考えられた食生活が存在したと思っています。また、それだけ身体を使う事が多かったとも言えるかもしれません。
「人間」は生きていくために
1.『活動するためのエネルギー』 → グルコースをはじめとする糖質
2.『器官や組織を形成する成分』 → 水/必須アミノ酸/必須脂肪酸/13種のビタミン/22種の無機元素
などが必要となります。
「車」で走るために
1.ガソリン
2.車本体(ボディー/エンジン/タイヤ/ハンドル など)
という感じを想像できます。
ガソリンから車本体は生成されないので正しい比喩とはいえませんが、糖質のイメージとしてとらえていただければわかりやすいかと思います。
この、ガソリンとも言える糖質を実際にどの程度摂取しているのか、現代ではわからなくなってしまっているといえます。それは、多種多様な形態での食品が増えたためだと考えています。また、食べる事を楽しむ時代に置いて、そこまで成分を考える方も少なくなったことも要因のひとつです。
これが現代の「肥満」などにつながっていくひとつの理由だと、私は感じています。知らず知らずに摂取した糖質(ガソリン)が多くなればタンクも大きい物が必要です。だからと言って、めちゃくちゃに身体を動かしたり(暴走運転)しても、身体(車)に悪いだけです。糖質(ガソリン)が体内に十分ある(満タン)にもかかわらず糖質を追加しても、タンクを大きくするしかありません。さらには、同じ理屈で、年を重ねた方が若いころと同じ糖質量は不必要だと言うことを御理解いただけると思います。みなさんの身体そのものや使い方、摂取する物やタイミング/量などが、昔とは異なる体型を作りだしていると思います。
次回は「七代目・八代目平兵衞」の時代の話をしたいと思います。